3.16.2011

My thoughts on Day 2

ひさしぶりにブログを書く。やはり未曾有の大惨事が起きた今、何を感じ、何を思うか、残しておきたいと思う。

まずは2011年3月11日に東日本を襲った大地震によって失われたたくさんの命の冥福を祈りたい。自然の猛威の前に、何も手だてなく一瞬にして数多の人生が幕引きを余儀なくされてしまった。

これまでも世界中に沢山の悲劇があった。記憶も鮮明な中ではニュージーランドの地震、インドネシアのスマトラ島の地震そして津波、四川大地震、新潟、阪神淡路島など。しかし、今回個人的にここまで影響があるのは、同じ地震を東北地方ではないが東京で、それも今まで東京では少なくとも自分の人生の中では感じたことのない程の大きな揺れで体験したことは間違いなく関係している。勿論、東北地方の被災者が味わった恐怖からすれば、その感覚は限定的だ。しかし混乱をリアルタイムで共有し、しかも揺れがおさまったあとすぐに確認したテレビの画面の中で、さっきの揺れが起こした今まで見たことのない規模の津波が船や車、そして家屋を押し流している様子を見るという臨場感が、被災者への共感に少なからず繋がっている。そしてこの時は何故か若干の罪悪感に似たようなものを伴って。

週末を、余震の警報に怯える子供と妻と、電気を節約しながら過ごしながら、テレビを通じて被害の甚大さを知ることになった。尋常ではない被害を。そして週明けには錯綜する情報にパニック寸前の首都圏にいて、今まで考えてもみなかった「今そこにある危機」に立ち向かうための対策に追われる。でも常に脳裏からは被災地のイメージが離れない。自分は今ここで何をしているのだろう?別の自分がそれを問い続けていた。

運が良かった。それ以上でも以下でもない。あの瞬間に、どこにいたか。それだけで、生死は隔てられてしまった。もし、もしはないのだけれども、もし、被災地が東京だったら?もし、自分が愛する人や物を失っていたら?もし、死んでしまっていたら?考えたらキリがないし、考えても仕方がないこともわかっている。むしろ、比較的安全な場所で想像に浸っているだけだからこそ、さっきの罪悪感に繋がってしまっているのかもしれない。

世間では買い占め行動が一部に見られ、一部の煽動的な情報により不用意な混乱に繋がる行動に出たりするなど、おおよそ自制的な状態とは大きくかけ離れている。次は自分か?そんな不安感から、誰もが不安定な精神状態にさらされている。そして引き続き困難な状況は続くだろう。混乱の最中で、まるで激流に浮かぶ木の葉と同じように、右にいったり左にいったり。でも沈まずに行けるかなんて誰にも分からない。

残念なことに状況が良くなる気配は今のところ感じられない。ひとつ片付けても次から次へと新たな試練が出てくるようだ。でも、今までがそうであったように、いつかはこの瞬間を振り返ることが出来るはずで、そのことを信じるしか出来ない訳で、ならば今ここにいる人間が、そこにいて出来ることをすれば良い。なるべく普通のことを。いつも散財している放蕩な輩は、今こそ思う存分遊んでも良いのかもしれない。

そのためにはまず、あの罪悪感に似た気持ちを拭い去りたい。本当に不運なことに、命を落としたり、大切なものを失ったりした人々がたくさんいる。そういった人々に罪は何もなかったのと同じように、被災地にはおらず直接的な被害に合わなかった我々にも罪などない。普通に今までの生活を、困難な状況に陥ってしまった人たちへの思いやりの気持ちを過剰でない範囲内で持って、過ごしていけば良い。必要な時に必要とされるだけの手を差し伸べることが出来たら、それで良いのではないかと思う。必要な時は、思いやりの気持ちを持ってさえいれば、その時はその時だと分かるはず。

そのことを語りかけることの出来るリーダーが欲しい。国レベルで、地方レベルで、業界レベルで、会社レベルで、友人レベルで、家族レベルで、そして自分自身の中で。そのことが出来たなら、きっと日本は立ち直るし、今までよりももっと良くなる。まず悲壮感と罪悪感に区切りをつけて、笑うところは笑い、泣くところは泣き、我慢するところは我慢して、そして前向きな力を、ひとりひとりのレベルで。


大好きなドリカムの曲、「その先へ」から、最後の一節だけ。

人生の意味なんて知らない 開き直りでも何でもいい
眠れない夜の 悲しみの海の 出口の見えない暗闇の その先へ

跳べ! その先へ 跳べ!

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自己紹介

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東京都, Japan
自分で言うのも何だが、比較的周囲の人達に恵まれてきた。充実した学生生活を送り、独身生活を経て、エキサイティングな結婚生活とパパ業を営みながら、スーパーサラリーマンを目指している。 ただし、本当はサラリーマンでなければもっと良いと思っている(起業家とか。)でも兼業は可能なはず、だし、出来るならリスク調整後リターンを最大にしたいと考えているため、サラリーマンの特権を活かすことができたら、とも考えている。