5.02.2019

Reiwa

新しい元号が始まった。昭和から平成になった時は、自分は小学3年生の冬休み明けで、昭和天皇崩御のニュースと共に学校がすぐにまた休みになったこととテレビのCMが一切なくなったことくらいしか詳しいことは覚えていないが、新しい元号になったことよりも、国中が喪に服したことの方がイメージとしては強く残っている。あれから30年4ヶ月も経ったのか。

平成から令和への移行は祝賀ムードに包まれ、なかなか良い代替わりだったのではないかと思う。平成天皇の時代は自然災害やテロ事件など暗いニュースも多い時代であったけれども、平成天皇と美智子さまには、優しいお人柄で国民のために尽くしていただき、本当に感謝と尊敬の気持ちでいっぱいだ。新たな天皇陛下と皇后陛下もきっとその御志を継いで、よい時代を紡いでくださることを期待している。

政治、経済、社会は戦後の経済成長に合わせて作り込まれてきた仕組みをベースにしたあり方に、本格的に見直しが必要な時代に入ってきている。新旧様々な価値観が入り乱れる中、生じる矛盾にどうやって折り合いをつけられるかが求められていると感じる。かつては、同じ規格で大量生産するモデルが社会全体として最も効率が良かった訳で、そこに矛盾を感じずにただひたすら与えられた部分において生産性を高めることに注力していれば、そこそこの成功を収められる時代だった。平成はその絶頂期を昭和から引き継いだが、すぐに歯車が狂いはじめ、かなり苦しんだ時期が長く続いた時代でもあった。その間、古い価値観にチャレンジする新しいものが生まれては消えてきたが、少なくとも変化を求められることについては社会は慣れてきている気がする。

ただ、日本という国は仕組みそのものを変えることを苦手としている人が圧倒的に多い気がする。というよりも、与えられたものをそのまま受け入れることは出来るのだが、与えられたものを乗り越えて新しいものを作っていくことが不得手なのだろうと思う。だから、平成は30年もあったのにもかかわらず、その間に新しいモデルを構築できたわけではなかったようだ。宿題は令和に引き継がれる。

でも良い材料は沢山あるようにも見える。平成の初めでは想像もつかなかったようなことがマイノリティの中に出現し、メインストリームにも影響を及ぼしつつあることが多岐にわたって見えてきている。令和の挑戦は、まさにそこにあるのかもしれない。メインストリームは相変わらずの岩盤ではあるが、岩盤だといって諦めていては平成からの進歩がない。昭和の間に積み上げられた岩盤を、崩していっても良いのかも、という空気を作ってくれたのが平成。でもその挑戦が固い岩盤に阻まれ続けたのも平成。ただマイノリティは、岩盤の裏側を別ルートで先に見てしまっていて、そこに何があるかも分かってきている。それを分かりつつ諦めるのか、またはマイノリティの意見も取り入れつつ岩盤に割れ目を入れる方法を模索するのか、今はその岐路に立っているのだと思う。

その視座に立ってみると、非常に楽しみな時代を迎えているのだと感じる。やれることが沢山ありそうだ。

0 件のコメント: